「ぼく(わたし)のこと、どれくらい好き?」
と聞かれることがもしあったら、上図のように答えよう、と
小雨降る道をラーメン屋目指しながら歩いていて考えた。
「ものさしより好き」
「受話器より好き」
「はみがきこより好き」
まあ、何でもいいんだけれど「ぼくのこと、どれくらい好き?」
なんておもはゆい事を聞くような関係性の人であれば
いくらなんでも「やかん」よりは好きなんじゃないか?
と保証しておいても良さそうと思ったのである。
それにしても「やかんより」「ものさしより」「受話器より」
と並べる事によってだんだん、その「より好き」の向こう側に
広がっている果てしなさ、際限無さ、膨大さが脳内にちらついてきて
なんだかドキドキするんだけど、そんなの私だけかしら。
「やかんより好き」に含まれる「より好き」の広がりの極大地点はどこだ。
「こーんだけ好き」と両手で輪っかを描いてみたり
「地球上で一番好き」だの「宇宙一好き」だの言ってみるよりずっと
限定が無い分、びらびらとでっかくて空恐ろしいような何かがそこにある
って気がする。
そりゃ人間の今の知性の範囲を考えれば「宇宙」がせいぜいの限界かもしれないけど
そんな「解明されている部分」なんて、いつだってひっくり返るんだからさ。
「彼のこと、ものさしより好きだけど白クマより好きじゃないわ」
「はみがきこ以上、深海のまだ発見されていない生物未満の好きさ」
「あの女嫌い、受話器よりもキライよ!」
うーん、それぞれ何だか妙に趣深い感じがあると思うの、私だけかしら。
まだ発見されてない生物より好きじゃないんだって、あんたのこと。
横には失敗した絵がみっつならんでいます。
失敗した絵でもみっつ並ぶと、なんとなく趣がある。 |